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僕の好きな勝海舟!

僕の所属するシアターキューブリックが12月に
商店街まるごと劇場にして、二日間の楽しいお祭を行います。
タイトルは、

『キラキラ橘☆勝つ勝つ海舟!』

です!!

ぜひぜひ、劇団HPにて情報をGetだぜ!でお願いしますm(_ _)m
https://www.qublic.net/

え?勝海舟って幕末の??

そうなんです。じつは、彼、墨田区の今の両国あたりの出生なんです。
墨田区役所にはまるでクラーク博士のような勝海舟像が飾られています。

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そんなわけで、僕の好きな勝海舟のお話なのですが、

すみません!

ジョン万次郎の話をいたします!!

ジョン万次郎!

みなさんも知ってますよね!
どんな方かは存じなくても、名前ぐらいは知ってるよ!
ですよね??

いまや、うちの劇団も歴史ものの作品も連発し、僕も少しは語れるようにはなってきたのですが
青年時代に数学しか勉強していなかった僕が、歴史に興味を持つきっかけを与えてくれたのが、

ジョン万次郎!

なんです!
あと、「信長の野望」。

どうして?

名前です。

歴史の教科書で必ず取り上げられる幕末。
当時、まったく興味がなかったのですが、ぱらぱらとめくっていて
衝撃的に興味をそそられたのが、
ジョン万次郎というネーミングでした!

なんだこのひと??

と、読み進めてみたらなんとオモロイこと!

で、図書館いって、もうちょい調べちゃったんですね!理系の僕が!

ジョン万次郎!
漁に出ていて14歳で漂流し、無人島にいたところをアメリカ船に救出され、
仲間たちと安全なハワイへ避難しよう!となったときに、自ら申し出て、
なんと、単身アメリカへ!もう、トム・ソーヤの冒険でも読んでんのかと思いました!
規模はジョンのほうがよっぽどでかいですが笑
鎖国をしていた日本ですから、
アメリカに足を踏み入れた、初めての日本人だという。すごい!
それで、アメリカでたくさんのものを見聞きして吸収して、なんとか日本に帰ってくるのですが、
時は幕末!
しかし、当時の日本人からしたら400年続いている江戸時代なわけで、まさか幕末になってしまうなんて思ってもいなかったでしょうね。
開国派としては、勝海舟や坂本龍馬が有名ですが、
勝海舟が咸臨丸に乗って渡米したときに同乗していたのが、ジョンです。
トム・ソーヤばりのポジティブさで初渡米までしたジョンですから、
それはもう、あれやこれや、アメリカや諸外国のすごい話をたくさんしたことでしょう。
浅草の鰻屋さんに連れ立っていったエピソードもありますから、それはもうたくさん語り合ったことと思います。
すげえぞ!!外国!!鎖国やってるばあいじゃないぞ!!
勝海舟といえば、その弟子が坂本龍馬ですから、ジョンが、江戸を幕末に導いてしまったといっても過言はないのではないでしょうか。
いやいや、ほんとに。調べれば調べるほど。
日本ではあまり活躍が知られていないですが
アメリカではけっこうな有名人で、「ジョン万次郎は日本のすごいやつ!」なんだそう。
幕末でも、ジョンに影響をうけて、その後の日本で大活躍をしている偉人がたくさんいました。
すごいやつなんです!

ジョン万次郎は土佐の人です。
以前、「誰ガタメノ剣』という、土佐の武将・長曾我部元親を主人公にした作品を上演しましたが、
幕末の志士たちを育んだ土佐の郷士たちは、長曾我部の遺臣たちの末裔とも言われています。
それが、墨田区出身の勝海舟でつながり、今僕らが墨田区で活動しているのも、
なんだか、不思議なご縁な気がします。

ジョン万次郎。歴史に目を向けさせてくださり本当にありがとう。

ちなみに「ジョン」は、漂流時に助けてくれた捕鯨船ジョン・ハウランド号という名前からとられているそうですよ!

僕の私の推しの九九

不可思議なタイトルではありますが、

回答から申し上げますと、

8×8=64
です!


あの、どの家庭にもあった「九九早覚え表」!!
我が家には、お手洗いの、背中の壁に貼ってありました。

わがやは、和の様式だったもので、
邪魔ものの少ない方に貼られたのです。
暇つぶしに覚えたものです。

目の前にないもので、
頭の中で覚えては、復唱し、振り返り。
また覚えては、復唱し、振り返り。
を、繰り返しておりました。

どうも、

飽きっぽい性格だったようで、ただの羅列を覚えるのがキライで、
ほら、あの、楽しげな響きの、ビビットな九九とかあるじゃないですか?
サザンがキュー!とか、ゴックシジュウゴ!とか。
そういうのを言うのを楽しみに、順々に、一の段からやってったわけです。
とりわけ、ハッパロクジュウシ!!は語感が必殺技っぽくて好きなんです。
インイチ・・・からはじめて、とどめの一撃でハッパロクジュウシ!!と放つのですよ!!

ハッパロクジュウシ!!!!

だいたいこれくらいまで言ってると、やることも済んでいることもあり、
困ったことに、
8×8ぐらいまでしか覚えるに至りませんでした。。。。。。。。
飽きっぽくて。

こわいはなし

こんにちは!千田です。

夏真っ盛りですね!
夏大好きなもので、おかげで元気よくやっています。
セミもみんみんみんみん、元気ですね!!

10月に予定していた公演『葡萄酒いろのミストラル』
延期としました。
楽しみにしていてくれた方々に対してはとても心苦しいですが、
不安をかかえたままで、
それは僕らもそしてお客さんも、
この公演をやるべきではないという、シアターキューブリック劇団員で話し合い、
みなこの考えには頷き、決定いたしました。
しかも昨年につづき2度めの延期ですね。
もう、ふつふつとしております。
それはネガティブなものではないですよ。
火山がマグマを湛えるがごとく、気力も能力もぐつぐつと溜めていきます。
(体力の方は、うまいことやります)
なので、ぜひ、お楽しみに!
必要な人材だけをぎゅうぎゅうに詰め込んで座組をつくりました。
皆、ぐつぐつしていると思われます。
信頼できるメンバーと、安心して存分に演劇を堪能できるタイミングを願って、
またひとつづつやれることを積み上げて参ります。
延期後の『葡萄酒いろのミストラル』はきっと、ものすごくオモシロイですよ!
心に笑顔をまんまんに湛えて、お越しくださいませ!!!


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さて、夏ということでひとつ、「こわいはなし」を。

といっても疲れたという意味の方言「こわい」でした!
というはなしではなく、
よくよく聞いていたら、小岩井牧場のはなしだということもなく、
滑舌わるい俳優がこわい!こわい!と連呼しているとおもったらKY!KY!だったとかでもなく、

「こわいはなし」
お伝えしたいと思います。熱い暑い夏を少しでも冷やりと。


大学時代、僕は演劇サークルに所属していました。
夏は合宿と称して、毎年みんなで数日間の旅行に行きました。
都会の学校ではなかったこともあり、車持ちも多く、
移動は電車組、車組に別れて行きました。
昼はキャンプをし、夜は花火。そして最後の夜はチームに別れて自作の演劇を披露したりと
あんがい合宿らしい日々を送っておりました。
あっつい夏の陽気。
うかれ、はしゃぎ、語りあいました。
そして必ず行っていたプチイベントがありました。

肝試し
です。

何かしらの形で必ず肝試しをやるのです。
とある山へ合宿へ行った年、仲良し男4人組で夜の肝試しドライブとしゃれ込みました。
暗い山の道。
楽しくおしゃべりしながら進みました。
街をはなれ山の方へと進んでいきました。
恋バナや食べたいラーメンの話などの他愛もない時間。
しばらく気づかなかったのですが、
夏の観光シーズンだというのに、山にはいってから、車一台通り過ぎないのです。
短いトンネルをくぐりました。
道を進みました。
またトンネルをくぐりました。
道を進みました。
風景も道幅もあまり変わらぬ道路。
しばらく進みました。
みんなの口数が少なくなって来た頃、またトンネルが近づいてきました。
そのすぐ横に何かあるのに気づき、少しスピードを落としました。
それは、
お地蔵さんでした。
しかもよく見ると、首がありません。

四人でしばし目を合わせ合い、トンネルをくぐっていきます。
車は一台も通りかかりません。

「肝試ししようぜ」

誰かが言いました。

賛成するもの多く、しぶしぶ反対のものもOKしました。
トンネルをくぐった向こうが少し広くなっていたので、
Uターンしました。
時間も時間だし、これやったらもう宿に帰ろうという話でした。
静かで暗い山の中、車一台。
ゆっくりと、いま通り過ぎたトンネルをまた進んでいきます。
トンネルを半分ほど行ったところで車を停めました。

「じゃんけんで負けたやつが車を降りて、お地蔵さんを触って来ようぜ」

負けたのはこの中で一番臆病なやつでした。
嫌がる男をみんなでなだめ、「もう少し車で近づく」ことを条件でOKさせました。
彼は車をおり、バタンと扉を閉めました。
車からゆっくりと遠ざかる彼。トンネルの端へ進んでいきます。
もう少しでトンネルを抜けそうなときに

「なぁ、バックしようぜ」

誰かが言いました。
ゆっくりとバックして、彼から遠ざかりました。
彼はまったく気づきません。
トンネルを抜けました。
お地蔵さんをそっと触りました。
少しホッとしながらこちらを向き、ずっと遠くにある車に驚きました。

「おい!」

彼が大声をだし、早足でこちらへ来ようとした瞬間

「うわ!うわぁあああああ!うわぁああ!!!!」

何かから逃げるように猛烈にダッシュしてくる彼。
僕らはゲラゲラ笑い転げながら、さらにバックしました。

「そうじゃねぇ!待て!!!待てって!!!!」

顔を真赤にしながら金切り声をあげてダッシュしてきます。
僕らは車を停め、彼を迎え入れました。

「ふざけんな!!出せ!出せ!」

何かに怯えたような声をあげる彼。

「な、、」

「え?」

「何かが追いかけてきた!!」

「え!?」

トンネルはゆるめの明かりが照らすだけで、そこには何もいませんでした。

「出せ!!いいから出せ!!早く」

彼の勢いに巻かれ、車を発進しました。
そしてゆっくりとトンネルを進んでいきました。
何もいません。

「急げって!!はやく!」

彼の顔は真っ赤なまま、すごい剣幕でまくし立てます。

僕らは臆病者をせせら笑いながら、
ゆっくりとトンネルを抜けていきます。
そして、
お地蔵さまを横切った瞬間、、










ワンワワワワワワン!!!!ワワン!!ワン!ワン!!!!!!!ワン!ワン!!!!!




黒い何者かが車の窓へ突進して吠えまくった!

急アクセルを踏み、山の道路をハイスピードで進んでいきました。
吠え続ける山犬のようなものは、だんだん遠ざかっていきました。









今、食べたいもの!

はぁ。

食べたいものがあります。

カレー

です。

一年おきぐらいに、僕の中でカレーブームがやってくるんです。カレー。

今食べたいカレーは、ちょっと込み入ってて、

気軽に入れるお蕎麦屋さんのカレー

です。

まちの個人経営のお蕎麦屋さんとか、
チェーン店とか。

しかも、どこでもどれでもがつがつ食べるわけではなく、

なぁんとなく、

「あ!これ食べたい!」と、
心がぐいっ・・・!っと動いたやつ。

そもそも、なんで気軽に入れるお蕎麦屋さんのカレーが食べたくなったかというと、

もうひとつのブーム、ラーメンへの食願望がうすれてきたタイミングで
お蕎麦屋さんに入りまして、どうしようか?と思案を巡らせておりました。
なんといっても、そろそろ麺類に対して興味が減ってきていたんですよね。
しかし、お腹は減っている。麺が食べたくないわけではない。
そこで、手軽に入れるお蕎麦屋さんに入ったところで、
目に入ってきたのが「カレー」の文字。
カレーが華麗に飛び込んできたのです!

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そもそも知っていました。お蕎麦屋さんは蕎麦つゆを作る際に使う和風出汁でカレーを作っているということを。
そこで食べたカレーは、ちょっとした腹ペコに適度に入ってくる、
丁度よいカレーだったのです。

ごちそうさまでした!!!

それからは、もう!
カレー!カレー!カレー!
しかし!そこは、手軽に入れるお蕎麦屋。
いつだってどこだって丁度よいとは限らない!!!
カレーはカレーで作っている。はたまたレトルトという可能性だってある!!
そこはその都度、賭けである。
負けたことも何度もありました。
そんなわけで、日に日に臆病になり、
腹ペコがおきたら
蕎麦屋をちょいと覗いて、心に問いかける。
「ここのカレーはどうか?」

商店街近くの老舗お蕎麦屋さんで食べたカレーは極上でした。
遠方の駅前で食べたカレーは、奥で「チン!」と音がしました。
松屋のカレーは結構すきです。
なんならカレーパンも注目するようになりました。
蕎麦チェーン店のカレーはあんまり食べないようになりました。

今日も、うろうろ蕎麦屋を覗きながら、カレーを想っています。





そういえば、かつて、インド・ネパール・スリランカカレーにはまっていました。
恵比寿のとあるお店で、あまりに美味くて食べる手が止まらなくなった事がきっかけです。
その後、いろんなお店に行きましたが、
当時、それはきっと、僕はカレーと言うより、ナンにハマっていたのです。

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かりかり、ふわふわ、ルーと一緒にガツガツ。
おいしかった!


そのあとは、缶のタイカレーにハマってました!

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曳舟のとあるお店で食べたタイカレーが、とっても辛いのにとっても美味しく、スプーンが止まらず、
ついつい行くたびに食べたたのですが、
それに近い味がお家で、食べたい時に、しかも安価で用意しておけるということで
色々買い漁り、食べ食べしておりました。

全部おいしかったです!!


こうして並べてみると、僕はカレーが食べたいのだろうか?
おいしいものが食べたいのだろうか?
きっと、どこかのサイトなどを調べれば
美味しくてたまらない蕎麦屋のカレーは見つかると思う。
大満足すると思う。
しかし上記の文を読み返してみると、願望はどうやら探求することである。
自分で見つけたお店を、自分で評価したいのだろう。
まるでマーキングですね。
自分の陣地を広げるよう、自分の存在を知らせるように、
カレー探訪を今はしているような気がします。

なんていう、それっぽい文を書いてみてますが、

こんなのたべたいな!

↑これくらいのかんたんな理由だけなんだと思ってもいます。

幸せな孤独な薔薇、終演。

千田です。

先日『幸せな孤独な薔薇』という舞台が終演いたしました。
21年ほど前に、田嶋ミラノさんが生み出した一本の脚本。
当時旗あげられたシアターキューブリックという劇団に僕らは参加したばかりで、
この作品の初演を見たのです。
そして、今年、
僕たちは『幸せな孤独な薔薇』を上演いたしました。
不思議と、当時「見た」という記録と、いま「演じた」という記録は
違和感なく擦り合わされたと思います。
古めかしさなど微塵も感じず、今の人々にもするりと潜り込む情感は
見事!という他ない。
僕らは、この作品を選んだというより、与えられたような気がします。
演劇を始めた頃の瑞々しさが、戻ってきたような、
それでいて、これまで培ってきた事が実を結んだような。
実は、昨年やるはずで、1年の延期を経て、今年上演しました。
それも必要だった事なのでは?と思えるような
「今」やる事が、ちょうど良いタイミングでした。
良い作品を作る事ができました。
見て頂けて、本当に嬉しい。応援いただけて、感謝しか無い。
たくさんの人たちの力が、僕たちの周りを巡っていった。
ほんとうに、ありがとうございました。
ほんとうに。
終わったことをアレコレ語るのはあまり好きではないのでこれぐらいにしますが、
七転八倒しながらも、これまで芝居の世界にいて、良かったのだなと思います。
この作品がまた起点となり、これからもより良い作品を得られますように。
また一歩一歩紡いでいこうと思います。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

千田剛士


ぼくは、演劇を始めた頃にたくさんの作品に出会いました。
ぼくにとっては黄金郷のような時代だった。
今でも記憶に残る作品が多かったし、若かったからこそ出会いに一喜一憂していた。
演劇はその時、その瞬間に、同じ時を共に過ごすことを良しとする、瞬きのような文化ですが、
脚本というものは、永遠に残っていくタイムカプセルのようなもの。
もし機会があれば、また、かつて僕らの心を鷲掴みにした
最高の脚本たちに挑戦してみたいです。
プロフィール

千田剛士

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出演動画

シアターキューブリック
『誰ガタメノ剣』
2010年 紀伊國屋サザンシアター


シアターキューブリック
『ベイクド・マンション』
2009年 シアターサンモール


シアターキューブリック
『銚電スリーナイン』
2008年 銚子電鉄車内
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