X-quest『金と銀の鬼』

塩崎くんを見に行く。

シアターVアカサカは、
キューブリックを旗揚げた小屋。
実に感慨深い。

久々に来たせいか
「こんなんだっけか?」
と思った。
実際は全く変わってない。
なのに違和感。

あんなに広かったのに、
そうでもない。
客席もせせこましい。

ま、僕が成長したアカシと、プラス思考で受け取っておく。


正直言って
芝居もあんまり楽しいと思えなかった。
ダンスは上手いし、アクションもキレイなんだろう。
ストーリーもわかりやすいんだろう。
そうなんだろうが
「あんまり」
だった。

小劇場界をじょじょに昇っていっているX-questがコウだと少し悲しい。

面白くなる要素は満載なのに。

「面白いって、そうじゃないんだよ!!」

言いたくなってしまう。

ま、これも、僕が成長したアカシと受け取っておくことにする。

前向きだから。

深夜はトリノへ旅行♪

客演終わりました。
見に来て下さったかたホントありがとう。
あんま出てなかったけど、細かいとこを喜んでくれてありがとう。
影をささえる仕事、してました。

アンサンブルって大変。
まず、目立っちゃいけない。
でも表現をおさえちゃいけない。
空気を埋めないといけない。
空気つまり、みんながあって当たり前だと思ってるモノ。
それを作って、みせて、あって当たり前だと思われなきゃいかん。
今までの僕からしたら、まるで正反対を求められてるんだなぁと思いました。

舞台なんて目立ってなんぼ。
お客さんを喜ばせる事が至上。
すごいモノを提供して最高。

それは疑う余地もないし、
これからもやってくつもりだけど、
アンサンブルってやつはそれを他人に委ねなければならぬ事が多い。
実に歯がゆいが、芝居において上記を達成するには
これは実感しないといけない感覚だから
だから
実に勉強になったと思う。

芝居は一人じゃできないのはみんなが知ってるけれど、
されど多くの人がわかっていない事。

世の中の「役者」をしている人たちがホントはそれをわかっていない。
一所懸命やっただけの舞台より、楽しそうな呑み会を俯瞰した時の絵の方が実に演劇らしい。そこに人が活きていて。
台本を解釈するということは、意図をくみとるとか、構造を知るとかそれに加えて、会話やコンビネーションを楽しむ為の鍵がちりばめられていると言うことをとにかく知って欲しい。
ただ楽しんだだけでもダメだけどね。
キューブリックの若い子たちももっとソレを知って欲しい。



そういう訳で、そんな事を考えている夜に不意に見ちゃうのがトリノオリンピックである。
日本勢が不甲斐なかったり、おしかったり。
で、はまりそうなのが「カーリング」!!
ルールを知れば知るほど、すげー面白い!!!
日本チームのエースの小野寺さんが、スパグラの園山さんに似てて、それも面白い。
戦略命の競技なので、チェスや将棋を横見している楽しさがあります!
きっとブームが来る。

ではお休みなさい。


果てしなく楽しいこと

芝居に必要な事と言われて先ずあげるのが情熱だろう。

いわずもがな、
熱をもたぬやつは消えていく。
情熱もつものはあきらめず、努力をおしまない。

次に必要なのは運かな?と思う。
人や作品に出会う運。
面白いことにかち合う運。
ダメでも拾い上げられる運。
どんなに才能あふれてても運がなければ消える。
その逆もしかり。

そして才能だとおもう。やはり。
才能のない者はダメだ。

スポーツマンになりたかった子供の頃の僕
が、運動神経も腕力もなく何も出来ないに等しかった。
人より努力をしても成長期の僕らの時間では一粒の砂でしかない。
すぐ追い抜かれてしまう。
ああ、僕は何もできないんだって思った。

そして、ぷらぷら幼い人生を歩いていたら
芝居に出会った。
小学校5年生の頃の話。
学芸会。
その時、初めてひとに褒められた気がした。

そして今に至る。


才能は、みんな違う。


自分の中の可能性に気づいていない人だらけだと
この世をながめてつくづく思う。
例えば教育
例えば各劇団の演出
よくある「面白いこと」「正しいこと」をお手本にして
それを全員にあてはめようとしているんだろうね。

残念ながら、
一人として同じ人間はいない。
だから教育も演出も違う方法をとってあげないと。
才能を消すことにもなる。


それは受ける側も一緒で、
通信簿の5段階や
先生の「身体がかたい」とか「滑舌がわるい」とか「感情が弱い」とか
どこかの誰かが決めたことをまるで世界の共通概念として思ってしまうのだ。
ひとは寄り添って生きてる種族だから。

だけど知ってほしい
正義は自分自身の中にあるのだ

それは懐に潜ませた刀に等しい。
人をそして自分を傷つけることもあるから
気を付けて正義を振りかざしてほしい。

そして他人の正義に惑わされぬよう
傷つけられぬよう、気を付けて、自分の刀で身を守るのじゃ!!



さて、「果てしなく面白いこと」の話です。
みんながみんな違う価値観(正義)を持ち合わせている。
じゃあ、人と人はわかりあえないのか?
というとそんなことはないのは周知のはず。
わかりあえる。
その上、高めあえる。
情熱の炎で刀を熱し、お互いの刀で鍛え合うという事か
人と人が対立ではなく共存もしくは共闘を誓えば
お互いの正義は一つの正義へと昇華するのではないか?と思う。
いや、確信である。


「面白いこと」
それを作るのは難しいと考える
ただ、和やか、笑える、暖かい。
それは「面白い」かい?
NOとは言わないが、激しくYES!とも言えまい。
「面白い」作品をつくりたい時、
みんなが楽しい稽古場ととにかく厳しい稽古場
どちらが成功しそうだと思うか?
僕は後者です。
でも
果てしなく楽しい稽古場なら別です。

「楽しい」とは
後付けである。
と確信します。
「面白い」をお互い追求に追求に追求を重ねると
とにかく厳しくなります。
ええ、妥協はゆるせなくなりますから。
そりゃあケンカくらいするでしょう。
しかしながら「オモシロイモノ」を本当に追求しているお互いなら
それでも分かり合えるでしょう。
単に笑いに笑いに笑いあうのかもしれません。
それだって厳しい現場だと思います。
気も抜けず、手も抜けず、いや抜くなんて思いもよらず、
お互い、あいてに仕掛けあう。
楽しいですね。半端無く。でも半端無くつかれますね。
結果、「ものすごい現場がそこにはあった」という事実がのこります。
知っての通り、再現は出来ません。
しかし、「こんなことができるんだ」という道ができます。
だからなぞる事など必要ありません。

厳しく苦しくおかしい道のりの末、振り返ったとき
「面白かった!」
と思い至るのだと思います。
ジェットコースターに乗ってる最中、
「ココでこのカーブが来るから面白い!」
とか考えないでしょ?
後で「なんかカーブのとこがすごかった!(見て)ああ!あの辺!」
と感じるでしょ?
スポーツマンの人は特によく分かると思います。
すごくいい試合をした時。
やってる側も、見ている側も
手に汗握り、エキサイトしていたはずです。
それが「果てしなく面白いこと」につながると思います。
どうも分からない人は、気の合う仲間と記憶なくすくらい酒呑んだ時のことでも思い出してください。


それは目指せても、確立できない事なのかもしれません。
でも存在はするし、安定供給している集団もあるのだし、
僕らの持ち物にするのは不可能ではないはずですよね。
見ている側も、やっている側も
果てしなく面白い、果てしなく楽しい作品をつくってゆけるように。

カムカムミニキーナの『越前牛乳』を見に行きました。

20051105021116.jpg

昨日、カムカムミニキーナという劇団の『越前牛乳』という芝居を見に行きました。

すでに3回目の再演作品なのですが、
かつてのまだまだ若かりしカムカムを見ているようで
とても楽しかったです。
何より、尊敬する八嶋智人さんが以前と変わらず、
いえ、以前よりパワーアップして舞台上をところせましと縦横無尽なのが爽快です。
実は2回目の再演を見ちゃってたりするんです。
当時のネタとかもまた見れちゃったりしてもう、最高。
じ・つ・は、僕『満員城』っていうかなり前のカムカム作品に僕、
エキストラで参加してて、八嶋さんと奈落でトランプしたりしたのよね。
ぽ。
そんなちっちゃな自慢なんか忘れていいのよ。
今はより遠い存在だから~。ら・ら・ら~♪



ちゅうか、そういうこっちゃないんだよ!
八嶋さんはすげーよ!
自由だよ!
そして圧倒的だよ!
半端ねぇよ!!!
とにかく息呑む暇もないくらい八嶋さんには釘付けだった。
最初の方はちょっと大げさすぎてどうだろうと思ってた芝居も
八嶋さんが自由になりだしたらもう、ノンストップで笑い転げちゃった。
芝居の方も「あ、ストーリーちゃんと追わなくていいんだ」
って、開き直れた。
それはすごい事だと思う。
ふつう、役者が暴走してストーリーを壊してる芝居なんて
見るにあたいしないもんだけど、
八嶋さん、そして同級生で主催である松村さんとのコンビともなれば
お話そっちのけで、舞台上で遊びたいほうだい。
お客さんのっけほうだい。
それが楽しくてしょうがないから全部ゆるせちゃうし、
実はストーリーもとてもわかりやすくなった。キャラ濃いから。
すげぇなぁ。
あーならないといけないんだなぁ。僕。役者として。

最近の結論としては
「圧倒的な圧力を内在し」
「とてつもなく大きな存在感で」
「それらを効率よく芝居へと循環している」役者。
が、目指す役者像だな~と思ってます。

八嶋さんとか、大杉漣さんとか野田秀樹さんとか、やることは違うけど
みなさん上の条件に当てはまってるとおもうし、だから尊敬できる。
竹中直人さんとかね。奥田民夫とかね。いいよね~。

最近は、オシャレな役者が多いんだって。
カッコじゃなくて、芝居への関わり方がね。
つまり、ファッションみたく芝居してるみたいな。
固有だったり流行だったり、一過性だったり。
だから人間関係が希薄だったり、
見せかけだけだったりする。
確かに演劇人口は増えてるけどね。
でもさ、そんな人たちの芝居が本当に面白いとは思えないんだよね。
僕は、濃さだと思うから。
僕がじゃあ、できてるかーって言ったら自信はないけどさー。
かっこわるいなぁ。自分。
たださ、こんな、現日本の演劇界ってどうよ?って思っちゃうわけ。
だから、つい、かつてより面白い八嶋さんとかに今だリスペクトしちゃうわけ。古田さんとかね。生瀬さんとかね。大竹しのぶとかね。
無理矢理、最近の言葉つかってみた。
リスペクト。
尊敬という意味の言葉。
たしか忌野清志郎さんが「リスペクト」と題してすごいライブを催したのがきっかけだったと思う。
違ったらスミマセン。

とにかく一般の方に、いい芝居を供給していきたいなぁと思うわけですよ。
そりゃあもうすみずみまで。
それは演劇界全体で考えるべき事態だと思うのだけれど。

遙~ニライ~…そして池内くんを見た!

池内くんが「innerchildのオーディションに受かった~!」
とか言ってたのはずいぶん前。
気づいたら本番はじまってた。

『タンデム』本番前、最後の休み、
彼の勇姿を見に行った。
作品の内容なんかについては、先に見に行った漢那さんが
詳しくかいてるので、悪いがそっちを参考にしてほしい。

池内くんと言えば顔が濃くてハゲで不器用で姿勢が一部悪くて
お茶目で落ち込みやすいのに弱みを見せたくなくて、いつも強がってる。
そんな人。
稽古場でもなかなか周りと共存できなくてホントは本人も困ってた。
そんなアイツがinnerchildという名の知れた集団の中に加わって、
大丈夫かなぁ…!?って思った。
貴劇団の内容はとても良く、
退屈しちゃいそうなほど、ゆったりとしたムードなのにそんなこともなく
とても簡単そうに見えるけどとても難しいことをすんなりやっていた。
「ニライカナイ」
「遙か彼方」という意味の、あの世とか向こう側とか、はたまたさらに違う場所だったり、
死んだ後、人はどこへいくのか?
という場所のこと。
それを題材に、沖縄の民族性と、戦争がいかに文化にまで侵略したのか?
そして人の思いをどれだけ無造作に踏みにじっていったのか?
を、彼らなりに説いていた。
僕らは戦争をしらない世代だ。
その僕らが問いそして説えることなど何があるんだろう。
なんて思って生きてきたけど、
僕らなりのやり方があるんだと思わせてくれた。
過去を「想像」することと、事実を「知る」ことで「考える」こと。
そして未来を正しく「創造」しようとすること。
僕はまだまだ無力な一匹の人間だけど、
簡単なことでいい。
無理することはない。
自分をちゃんと大事にしながらも、
出来ることがあるはずだ。
使命感だっていらない。
「未来がいいものになればいいな♪」
なんて思うだけで充分ではないか?
それくらい漠然としているくらいが何か成し遂げてしまうよ。
そして毎日毎日、一所懸命生きること。
それに尽きる。

そして池内くんはといえば、
ちゃんと生きていた。
自分に甘えることも溺れることもなく、ちゃんと頑張っていた。
だから僕は拍手をあげた。

彼は元シアターキューブリックのメンバー
今はSUPER GRAPPLERという集団にいる。
僕はこの冬、そこへ客演することになっている。
2回目。池内くん、またよろしく。



池内くんに関してはここまで。
気持ちを元に切り替え、
再び、『タンデム』をひとっ走りいたします。みなさまよろしく。

プロフィール

千田剛士

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出演動画

シアターキューブリック
『誰ガタメノ剣』
2010年 紀伊國屋サザンシアター


シアターキューブリック
『ベイクド・マンション』
2009年 シアターサンモール


シアターキューブリック
『銚電スリーナイン』
2008年 銚子電鉄車内
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