『オキザリスの旗』という漫画を読んで

長宗我部元親を主人公とした
『オキザリスの旗』という漫画が始まってもうダイブたちました。

誰ガタメノ剣のご縁で
関係者の方と知り合うことができ
違う業界の事をなんとなく感じたり、興味わいたりできました。

なんともマイナーな武将を扱いあった、ヤングジャンプとシアターキューブリック
そう思っているのは意外と自分らだけで
世の中は日に日に「ちょうそかべもとちか」の知名度があがっているらしい!
うれしいことですね。

おかげさまで

日本の歴史も、戦国の事も、ましてや長宗我部元親のことも
あまりよく知らなかった僕も
演劇で関わり、日を追う毎に、一番好きな武将になるようになりました。
演じた役も、元親の事が好きで好きでたまらない人でしたし。
俳優ってそういう意味で、特な職業だと思います。


さて、
『オキザリスの旗』は週刊ヤングジャンプ誌上で絶賛連載中であります。

まぁ、ここから先は
ただの僕の吐露なので
特に関係者の人は読まずに済ませてほしいなぁ。
無駄に長いし、支離滅裂でもあるので。
ね。

応援してるし、これからも読んでいきますよん。



正直、
あまり面白い漫画ではなかったです。

言葉
コマ割り
画力

足りてないものはなんとなく感じて
経験値によるものと思っていました。

元親を題材として扱っていて
とても若い先生が、熱い気持ちで執筆されていて、担当編集さんも二人三脚で取り組んでいて
アシスタントさんたちもいい目をしていて

それは嬉しい条件だったけど
僕はやっぱり傑作が読みたいわけだし
2chなんかでも、とっても叩かれていた。

でも、誰かが何とか言ってるとか関係なくて
結果、いい作品になればいい。

それくらい長い目で見ていました。


一読者なので、生意気ぐらいは言います。



それが


今週号の森孝頼の顔が良かったなぁ~~~


超個人的な感覚で、ピンと来た程度のことだけど
演劇やってる人間から言わせるとこの「ピン」がすごく大事だし
うれしかった。

オキザリスの旗の作り手の人たちは
元親のお父さん、国親にとても思い入れがあるらしく
早々と死んでしまうにも関わらず、作品のバックに「父」を感じられる作りになっている。

引き合いにだすと
僕が今まで読んだ漫画の中で一番好きかもしれない一話として
週間少年ジャンプの
「ONE PIECE」第一話があります。
読んでもらえればわかると思うけど
たった一話に主人公の向かう先とバックボーンと作品のトーンが凝縮されていた
特に、(国親とかぶるという意味で)赤髮のシャンクスと主人公ルフィの交流を描くストーリーが秀逸で
それからシャンクスはたま~にしか漫画の中に登場しないのに
ずっと気になってしょうがないキャラクターとなり
僕の頭の中に強く刻みこまれました。
もし「ONE PIECE」がつまらなくてつまらなくてしょうがない作品に落ちぶれたとしても
シャンクスが登場するというなら、僕は読み続けることでしょう。
この第一話を越える週はまだありません。

なんの話かというと

僕は『オキザリスの旗』を読んでて
父・長宗我部国親を心に刻み込まれたかというともう一息で、
しかも死んじゃったし、心配でした。

よくある戦国モノみたく
主人公の事を書き連ね、あと、目立つキャラ、有名な武将を個性的に描く。
というやり方をしていなくて

主人公しかり、近習しかり、ちょっと出てくるサブキャラにも人生があり、ドラマがある。
という描き方をしていて、それはとても好感が持てます。
ガンダムとか銀河英雄伝説みたくなってくれたらいい。

日に日に上手くなってて、よかったなぁくらいに思ってたんですが


今週号の森孝頼の顔はとても好きでした。

なんの意味があるかわからないけど
ひんまがっていて、文句を言ってるけど、どこか弱そうで
あたる光の角度で表情を変える能面のようでもありました。

そして左右の顔で顔が違うのです。

元親も姫和子・鬼和子の顔を左右同時に描いたり
そういう手法好きなんだろうな~と思っていましたが
あざとくとも結構、僕も好きで、ニヤニヤして読んでました。

今週号の森孝頼は不意をつかれました。
たまたまなのかもしれないけど
別にあざとくないし
だけど、絵がそもそもなんだか違うし
芝居は、不意に新しい自分(実は新しいものじゃないけど)が顔をだしたりするけど
漫画でもあてはまるの?
と思いつつ。

「うふっ」

って僕の中で何かがもれました。


これって、僕と対話が出来たって事だと思うんです。


何個か前のブログで最近の演劇について批判しましたけど
漫画も同じだと思っていて

何が以前と変わったかって
やっぱりこの、作る側と見る側が対話できてるのか???
って事で


「お客様は神様です」と思おうが
「俺様を見ろ!!」と押し出そうが
緻密な計算でお客さんを手のひらのうえで転がそうが

考え方はどれでもよくて

結果、お客さんの欲求と、作り手の発信がどう繋がるのか??
が重要。

演劇だったら客席全般
漫画だったら読者全部
番組だったらテレビの向こう側の視聴者のみなさん

に随時「どう?」と満足を確認する感覚が必要。

そう思っていて

漫画の一コマを通じて
「なんだか対話したな」って感覚になれたのが
すごく楽しかったし、嬉しかった。
そして安心した。

僕なんぞが心配するより
近くの方々が毎日のように見守っていて
作り手のみなさんも日進月歩、絶えず努力と研究をしていて
週刊連載という、常に締切に追われるスケジュールの中
ほんの少しでも面白くなるよう、ギリギリの戦いをしている。
だからこういう事が起きる。

当たり前だけど

改めてそう思えました。


作品なんて
ある時、急激に面白くなるし、いきなりつまらなくなる。

自分でも演劇を作り続けていて、その変化がわからなくなることがよくあります。
だから、外側の人間が正直に伝えてほしいし
僕は自分では、それを落ち着いた気持ちで受け入れたい。
だからこそ、せっかく出会ったひとには、なるべく正直にいろいろ伝えてしまいたい。


『オキザリスの旗』もね~
最初はなんだか突っ走り気味だったし、色々詰め込みすぎてたり
読者が想像して楽しむ幅がせまいなぁって思ってました。
ミステリーとかホラーって、「想像」の部分で楽しみたいし
ファンタジーやラブコメもそう。
バトルものも時代物も同じだと思う。
人は生きてるだけで経験値がたくさんたまるから、そこからシナプスを繋げて
自分の中の楽しいと繋げたいんだ。
だから幅が必要だし、主観と同じくらい客観が必要なんだよなぁ。

もっと伝えたがりつつ、もっと出し惜しみできたらいいのになぁって。

それがこの出来事!

正直
あの『ウイングマン』だって、当初は「つまらんの~~この漫画~~」
と思ってた。
けど、最終的には僕の大好きな漫画のひとつになったし、大好きな作家さまになりました。

誰かが『オキザリスの旗』の連載開始にあたり
「若い漫画家さんらしい。作家さんが育つにつれ、漫画も成長するもの。そういう楽しみ方ができたらいいな」
と書いていた。
僕もそう思うし、そうなりそうな気がして、とても嬉しい気持ちでいっぱいです。


そういえば、なんで森くんと吉田さんの下の名前おなじなんだろ?
なんか関係あるのかしら?
プロフィール

千田剛士

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シアターキューブリック
『誰ガタメノ剣』
2010年 紀伊國屋サザンシアター


シアターキューブリック
『ベイクド・マンション』
2009年 シアターサンモール


シアターキューブリック
『銚電スリーナイン』
2008年 銚子電鉄車内
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