引っ越しの思い出

引っ越し。

僕は子供の時に2回しました。

1回目は、小学校に入る前。まだ物心もたいしてついてなく、
当時、あまり大事(おおごと)に感じていなかったような気がするのですが
それが大事になったのが引っ越し当日。
唯一、僕がご挨拶に行ったところが、
とっても仲良かった友達のうち。
普段は楽しくおしゃべりしていた相手。
が、引っ越しの話を母同士で伝えていたのか、向こうも察していて、
その日は会った途端一言も交わせなかった。
言葉が出てこなくて黙りあったままお別れをしました。
かわいらしいエピソードですね。


2回目は小学校二年の終わり。
なので、次の小学校は三年生からの編入になった。
春休みだったこともあり、ばたばたと引っ越しをした。
お別れもしなかった。
ただ、この小学校の2年間はいろいろな事が起きた2年間だった。
授業の記憶はさっぱりだが、
友人たちとのいたずらとやんちゃの記憶が沢山ある。
小1から小2の間でなぜか牛乳が飲めなくなった。
野良犬をこどもだけで飼うのだと奮戦した。
秘密基地をいっぱいつくった。
悪さもわんさとした。たくさん笑ったし、たくさん泣いたから
引っ越した後に、何度も思い起こされる記憶だらけである。
濃密だったんだな。

その後、今住んでいる場所にずっといる。
引っ越しというより、進級によっての出会いと別れの方がずっと多くなった。

年々、段々、記憶だって美化されたり、混ざったりしていくが
この2回の引っ越しは僕の区切りとしてはとても大事だった。

葛飾北斎は生涯で90回以上引っ越しをしたと言われるが
その全てに大事な事があったのかもしれない。

大人になってからは、自分の引っ越しより、他人の引っ越しに感慨ぶかくなる事が多い。
大抵の場合、いきなりやってくる。
もう、距離というものはどうしようもない。
電話やメールがあるじゃない!と思っていても、どうにも難しい。
2回の引っ越し前の友人たちには、その後、一度も会ってはいない。
引っ越しというのはそういう残酷さがある。
ただ
とっても多くの人に出会えるようになったし、たくさんの土地に行ったのだ。
とても世界が広がった。
それはとても良かった。
プロフィール

千田剛士

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